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クララ・シューマンの音楽と愛 

 ロベルト・シューマンの愛妻として知られるクララ・シューマンは、1819年、ザクセン王国のライプツィヒに生まれました。彼女は、稀有な天才ピアニストであると同時に、作曲家としての才能にもあふれていました。
 
 父フリードリヒは、彼女の才能を見抜くと彼女を学校へは通わせず、ピアノの厳しいレッスンや教育のすべてを個人授業で行うという徹底した管理教育を実施しました。さらに驚くことに、将来音楽家としてふさわしい記録となるようにと、彼女の日記をすべてチェックし書き直すほどだったといいます。
 
 彼女は、父フリードリヒの望み通り、やがて天才少女としてその名を知られるようになります。9歳の時ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏会で、モーツァルトのピアノ協奏曲でソリストを務め絶賛されたクララは、その後天才女流ピアニストとして活躍するようになります。彼女のピアノ演奏は、ショパンやリストを始めゲーテも賞賛したといいます。また、クララは、以前から続けてきた作曲活動にも本格的に取り組んでいます。

 そんな折、父フリードリヒに若い音楽家ロベルト・シューマンが師事し家族と同居を始めることになります。ドイツの教養にあふれ音楽的革新を志す才能豊かなロベルトとクララの間に恋愛感情が芽生えるのに、それほどの時間はかかりませんでした。クララが18歳になったとき、二人は父に結婚の許可を申し出ましたが、父はそれに猛反対。クララはまさにピアニストとして人気の絶頂にあり、父は結婚を認めることは到底出来なかったのです。しかし、二人は裁判をおこし父フリードとの決別を決断します。1840年9月、二人は晴れて結婚、クララ20歳、ロベルト30歳のことでした。

 クララの結婚生活は、8人の子に恵まれ、ピアニストとして活動しながら子育てにも奮闘する毎日でした。一方、夫のロベルトは、情感豊かな歌曲や室内楽曲、ピアノ独奏曲などに才能を発揮し偉大なロマン派の作曲家として大成します。また、彼は、当時無名だったショパンやブラームスを絶賛し世に送り出すという、若い世代の才能発掘にも尽力しました。

 しかし、その後、夫ロベルトは精神を病み、ライン川に身を投げて自殺未遂をはかり、クララが36歳のとき入院した精神病院で亡くなります。クララは深い悲しみのなか、子どもの養育のために、ドイツだけでなくヨーロッパ各地の演奏旅行にあけくれたといいます。また、クララは、1877年には夫の作品全集の編纂に着手するなど、ロベルト・シューマンの作品を世に紹介することにも力を尽くしたのです。

 なお、夫の死後、クララがそれまでも特別な友情で結ばれ親交が深かったヨハネス・ブラームスと恋愛関係になったという説があります。これは映画にもなり評判となりましたが、その事実は明確ではありません。ブラームスが世に認められたのはロベルトの力によるところが大きく、恩人の妻クララとブラームスの恋愛がプラトニックなものであったという見解もあり、二人の関係は音楽史上の謎となっています。
 
 クララは、夫の死後再婚することなく1896年に76歳の生涯を終えています。なお、クララが亡くなって1年足らずして、ブラームスも後を追うように亡くなっています。


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