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株式会社 夢の友出版 公式ブログ

 

文化人の愛した古くて新しいまち・神楽坂の魅力を知る! 



神楽坂やその周辺には明治期から作家が好んで住んだことから、この地は東京における文学の故地として知られている。明治期に硯友社を結成した尾崎紅葉がこの地(横寺町)に住んだのは明治24年2月、25歳のときで、俳号を十千万堂(とちまんどう)となのり、柳川春葉、小栗風葉、徳田秋声、泉鏡花など四天王といわれた門下生を住まわせていた。また、島村抱月が松井須磨子と創設した芸術倶楽部(横寺町)は、新劇の発祥として知られている。近くには、「春の海」で有名な筝曲家宮城道雄の偉業を顕彰する宮城道雄記念館がある。昭和53年(1978)12月6日に故人が晩年まで住んでいた敷地(中町)に建設され、日本で初の音楽家の記念館として訪れる人も多い。宮城道雄は『雨の念仏』(1935)などの随筆により文筆家としての評価も高く、作家の内田百閒とは親友同士であったといわれている。
その他、神楽坂に題材を求めた作家としては、佐田稲子(『坂』)、広津和郎(『砂に残された文字』)、白洲正子(『神楽坂散歩』)、水野仙子(『神楽坂の半襟』)、矢田津世子(『神楽坂』)、天沢退二郎(『氷川様まで』)、夏目漱石(『硝子戸の中』)など多士済済だ。

神楽坂は明治後期から大正時代には、東京の繁華街(花街)の一つとして山手銀座と呼ばれ賑わった。日蓮宗の善国寺(毘沙門天)は“毘沙門さま”と呼ばれ、古くから民衆の信仰が厚く、神楽坂が門前町として栄えた由縁となっている。地形的に坂の多い町並みが特色で、さまざまな由来のある坂道があり、昔が偲ばれる石畳の舗装が随所に施され、細い路地を入ると黒板堀が続き、中から三味線の音色が響いてくる。
近隣には、今年(2012)創立60周年を迎えた東京日仏学院があり、坂の多い神楽坂の街並みがパリの下町に似ているということから、以前から多くのフランス人講師やその家族が住みつき、本格的なフランスやイタリア料理店などの数も多い。最近では、ファッショナブルな新しい飲食店などの出店も増え、都内でもユニークな活気あるまちに生まれ変わりつつある。そのためテレビ番組などで取り上げられることが多く、訪れる人も年齢層を問わず急増中だ。また、この地はちょっとしたマンション建設ラッシュとなっており、住民人口もじわじわと増えつづけている。
日本の伝統文化と古い街並みのなかに西洋文化が渾然としている神楽坂だが、一方では中小店舗の入れ替えが比較的早く、目抜き通りに関して言えば装いが常に変化しつづけている。そんな懐の深い、魅力にあふれたまち神楽坂は、これからも何度でも訪れたいまちだ。
(写真は、神楽坂善国寺・毘沙門天)


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Category: エッセイ

Thread: 東京まちさんぽ

Janre: 地域情報

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